平安時代からつづく道 熊野街道

久しぶりの更新になってしまいました。
ガーデンまえだです。
今年もよろしくお願いします。
さて、今回は熊野街道のことを調べてみました。

そもそも熊野街道とは、平安時代からつづく古い道で「京都から大阪を経て、熊野権現の分霊を祀った九十九王子をたどりながら、熊野三山へ至る道。」(中央区にぎわい発見サイト“大阪中心”より)なのだとか。
どういうことかというと、昔むかし、熊野の神々の子どもである御子神(みこがみ)さま(=王子)が、大阪から熊野三山にかけてたくさん出現したのだそうです。
その王子たちの総称が「九十九王子」、つまり「たくさんの王子」という意味。そして、王子たちを祀った社が熊野三山まで点々と続いているというわけなんですね。
「伊勢に七度、熊野へ三度」と言われるぐらい盛んだった「熊野詣」ですが、その出発点が現在の八軒家船着場跡あたり。
最初の九十九王子、「窪津王子」(現在は坐摩神社行宮)で旅の安全を祈願して、御祓筋(おはらいすじ)を南下することから始まったそうです。
その後、南大江公園あたりにあったといわれる「坂口王子」を経て、安堂寺通りを東へと街道は続いていきます。
平安時代の中ごろから鎌倉時代のはじめにかけて、王朝貴族を中心に盛んになった熊野信仰。
やがて日本国中に知られ、武士や庶民にまで信仰が広がって、大勢の人々がこの街道を行き来したそうです。
参詣者がまるで蟻の行列のように列をなしていたことから「蟻の熊野詣」と言われたそうですが、当時は安堂寺通りもさぞにぎやかだったことでしょうね。

参考: 中央区にぎわい発見サイト“大阪中心”

熊野街道


2017-01-18 | Posted in 町のものがたりNo Comments » 
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